Blog

ブログ

h
2016.05.11

バーテンダーの酒の日々 Vol.1

箱根。多分25年振り。

3年間通っていた小田原の近くの温泉地というイメージしかなかったので、旅行やデートに訪れたいとは、あまり思えなかった街。

バイトとバンドとディスコ三昧だった高校生。片道1時間半の小田原には、ただただ義務教育の延長というスタンスで「頑張って」通っていた。卒業式の帰りに、かまぼこを買い、ロマンスカーに乗り「じゃあな、小田原」なんて口に出したりした。学校は楽しかったし、お互いの結婚式に呼び合う様な友人もできたし、彼女もいた。

小田原は、何も悪くない。それでも、早く小田原と別れたがっていた。高校生である事が、窮屈だった。早く、ここに来ない歳になる事だけを願っていた。卒業を期に、小田原に住む彼女にも逢いたいとは思わなくなった。彼女も、小田原も、何も悪くない。だけど、小田原も箱根も、何となく遠ざけてしまいたかった。

009A9129

そんな箱根で、今、バーテンダーをしています。

まるで、はじめて来た土地の様に、新鮮な気持ちで街を見ています。休日には、小田原で酒をあびたりもしています。3年間は幻だったかの様に、新鮮な気持ちで街を歩いています。いや、本当に3年間は幻だったのかもしれません。

桜が散って間もないある日、ダイニングマネージャーと小田原市役所の農政課に訪れました。小田原に新鮮な私は、十郎梅に惚れてしまったのです。十郎梅の農家さんを教えて頂いたり、仕入れの相談をさせて頂きました。話はうまく進み、他の小田原の農産物の話まで聞く事ができました。

小田原産の農産物を使ったカクテルやアペリティフ。フレッシュな楽しさでワクワクしていました。

マネージャー運転の車内では、かなり饒舌になっていた様です。本当、大の大人が恥ずかしい限りです。

その饒舌だった車内で、突然胸が「ジン」としました。3年間は幻ではなかったのです。校舎までの長い坂道。何もかも憶えていました。

行きの道とは違い、渋滞をさけてマネージャーが選んだ道は、3年間登り下りした、あの校舎までの長い坂道だったのです。

沢山の事を思い出したりはしません。でも、たしかに、そこに自分はいた。30年の年月では、すべての景色が本当は変わってしまっているのかもしれませんが、すべてそのままの様に、すべて知っていたのです。言葉をなくし、ただ「ジン」としていました。

009A9183
スタンダードカクテル「マンハッタン」
もう鬼籍に入ってしまった先輩バーテンダーは、このカクテルを好みませんでした。「ニューヨークは、つらいだけだった。」若かりし先輩は、修行の場として、ニューヨークを選び、3年間、酒と英語とスペイン語と闘っていたのです。

そんな先輩と最後に酒を酌み交わした夜、先輩は珍しくマンハッタンを注文しました。「これを飲むと、3年間が幻ではなかった事を知るんだ。」逃げたいのか、逃げたくないのか。忘れたいのか、忘れたくないのか。5年前の自分には理解する事ができませんでした。

「マンハッタン」のネーミングには諸説あり、中でも、イギリスの首相だったウィンストン・チャーチルの母親が「マンハッタン・クラブ」という店でふるまった酒だったからという説が有名ですが、夕日の様な「マンハッタン」の色は、自分にとっては、先輩の横顔のイメージなのです。

カクテルは、出会い方によって、まるであの頃を思い出してしまう「あの曲」の様に、それぞれのイメージを作れるのです。

これから少しずつ、そんなカクテルやお酒達を紹介させて頂くつもりです。少しだけ、おつき合いして頂ければ幸いです。

あうら橘 チーフバーテンダー“M”

2015年12月にあうら橘入社。バーテンダー歴25年。
ワイナリー・酒蔵での酒造りの修行後、ソムリエ・利き酒師の育成にもたずさわる。
  • 宿泊
    予約